私が体験したインガーの手紡ぎ
私が毛糸に興味を持ち、その一端としてウールの紡ぎをしてみたいと思った30年程前には、工場で洗われた原毛が輸入されているものが少しあるという現状ではなかったでしょうか? 今のように身近な所に羊の毛はありませんでした。そんな時にデンマークを訪れて、予期せずに目にしたのが丁寧に手洗いし、糸に紡ぎ、染め、手編みにする、そんなインガーの手仕事でした。
今では手紡ぎの技術は日本でも色々な方から教えてもらうことが出来るようになりました。今回の私の目的は、羊毛文化を生活の中に持つ、彼女の仕事の仕方、考え方、生き方に触れてみたい、そこから何かが見えてくるような気がする、それを確かめたい、そんな思いで、『彼女がする紡ぎをしてみたい』と希望が伝えてありました
デンマーク、特に彼女の暮らすユトラント半島には羊は余りいないそうです。車で走っても、めったに羊を見ることは有りませんでした。まず用意してくれてあった原毛を広げました。これは知り合いからただ同然に譲り受けたそうです。毛刈りを自分ですればただでもらえるそうです。この原毛に関しては、羊のことも、環境も、年齢もわからない、羊毛のことを知らない人が毛刈りをしたそうで、長さが半分に切れていたものがあったし、袋にもまぜこぜに入っている状態でした。それを残念がりながらも、1頭分の中から、扱いやすそうな太目の所をより分けてくれました。毛の先を見るとホゲット(生まれて最初に毛刈りされた毛)のように見えます。
原毛の中から房になっている原毛を取り出し、ベンチ式になっているカードで毛を梳いてほぐします。ここで、短い毛、毛玉、汚れなどが除かれます。カードが固定されているので、片手で羊毛の房をしっかり持ち、2・3回梳くときれいになります。上下持ち替えて反対側も同じようにして、脇のかごに同方向に貯めていきます。それを、羊毛の根元の方から梳毛糸紡ぎにします。
紡ぎ車は、ボビンを替えるたびに、白色ワセリン少々をフライヤーの軸と糸が吸い込まれる軸の周りにぬり、動きを滑らかにします。一度忘れたら、その時は『ワセリンを塗っていないでしょ。音でわかる』と言われました。毎回加えていくワセリンと、羊毛の油で彼女の紡ぎ車はベトベトでした。
彼女は左手で、(私はこれまでの習慣から右手で)撚りを止め、反対の手で毛を広げていきます。理屈はわかるのですが、原毛の油と手が思うように動かせないために、手元の毛がさかさまに巻き込まれていってしまいます。 普段だと30分のすると飽きてきたなと思う私ですが、まだ出来ない、今度できるか、出来た、また出来ない、・・・と朝から晩まで熱中しました。彼女のやり方でかなり引きが強く設定されているので、ボビン一ついっぱいになるのに1日以上、結局3日かかってボビン二つ一杯に単糸を紡ぎ、その後双糸にして、約360g約310mの糸が出来上がりました。洗って染めたら、重さ約20%減 染めは、今回は化学染めですが、植物染色もすることがあるそうです。
旅行中にベストを編み始め、後ろ身頃完成。涼しくなるまでに仕上げたいと思っています