1800年代

漠然と、好きで織っていたチェックが、その背景がわかってきて
全体が見えるようになった気がします

スコットランドは、歴史の中で度々イングランドに攻められ、多くの戦いをしていましたが
1745年から1746年の戦いで、完全に破れ、イングランドに統治されることになりました
その時に、統治を完璧なものにするために、イングランド政府はスコットランド特有の文化、タータン、バクパイプ、スコットランドの言葉などを全面的に禁止しました

この時に多くのスコットランド人がスコットランドを離れ、カナダやアメリカに移住したそうです
先日チェック展の最後に来た青年たちの言葉を借りれば、追い出されたという感じでした

その後、1837年に即位したビクトリア女王がスコットランドが大好きで
バラモーラル(アバディーンの南西)に保養のための城まで建て、スコットランドの文化復活に至った・・・
その頃から、氏族のタータンという考えが画一されてきて、発達していきました

前にも書きましたが、その頃氏族ではない領主が自分のチェックを決めるようになり、これもエステートチェックとして、タータンと一緒に発展してきました。

ちなみにタータンには、決まりがあり、正式にはその条件を満たしたデザインがタータン協会に認められて初めてタータンと呼ばれます。現在では氏族に限らず、何か大きなイベントの記念にデザインして登録したタータンや、日本の私立高校の制服にタータンをデザインして登録したようなものもあるそうです。6月の旅行の折りにタータンの織物工場の人に聞いた話では、新しいデザインを登録するのは、とっても難しいそうです。 沢山あるデザインの中に同じものが無いかを調べるだけでも、かなり大変だとか。

日本では、グレンチェックのようなものもひとまとめにして、タータンチェックと呼んでしまう時もありますね
それは、ちょっと残念

これらのチェックが発展したのは、産業革命後、1800年代、19世紀で、それは音楽や文学、絵画などの他の文化も大きく発展した時期と重なります。 量産が可能になってきて、生活がレベルが上がってきた時代なんでしょうね。

すごく大雑把な見方ですが、大体の感じは掴んで頂けるかと・・・・

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