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1歩進めて・・・

人と話をしている時に
『今度会いましょう』『今度一緒にあそこへ行こうね』『次は時間を作ってゆっくり・・・』
とよく言いますが
その今度は、誰かが具体的にしないと、全体に実現しないことがほとんどですねぇ

いつも、そう口にする度に、『絶対に実現させるぞ~』と思い ます
だって、社交辞令で言っているわけではないから

最近、これを実行に移しました
『いつか習いに来るからね』といい続けていた織友達Yさんに講習予約を入れました
教えることばかりではなく、自分も習ってみたいとずっと望んでいました
8枚綜絖の組織だけをしっかり教える彼女の講習は、1日5時間、講習料1万円
当時の私には出せませんでしたが、私も教えることが安定して来たので
今ならどうにかなりそう・・・と唯一完全に休みにしている月曜日に予約を入れました
決めないと、進めないので動かせない予定が入らない限り第1月曜

もう一つは先日のチェック展のためにコートを仕立ててくれたデザイナーさんの洋裁教室
縫うことは一応出来るので、デザイン、型紙、裁断を中心に教えてもらう為に
これも他の月曜の午後予約を入れました

もともと家でのんびりするのが好きだったので、予定を決めなければ何も出来ません
1人に与えられた時間は、24時間しかなく、一生も一度だけ
そしたら、考えて進めないと、やりたいことが出来ない・・・というところに来たように感じます

体力は落ちるばかり、探し物は増えるし、やり直しも多くなり・・・
でもその分、自分らしいということに自信をつけ、とっても自由です

違うタイプの人たちとの交流を楽しみ、
好きなことを追求している友達とはお互いの楽しみ、喜びを分かち合い
自分らしく生きることへのエネルギーをもらっています

素直な気持ちで楽しんでいることをメールに書いてくれたYさん
こちらも素直な気持ちで、うれしくなり、そのまま書いたら
『120%わかってくれて、うれしい~』の返事

自分の心を偽るより、傷つく方がよっぽど良いと思えることもありました
自分の心に正直に、素直に・・・ と願っています



 

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タリフの糸で出来ること

スピニングパーティーで、タリフの糸を買ってくださったOさん
チェック展にお母様と来てくださいました
その時に足りない分ということでまた糸をお買い上げくださいました

そしたら、先日の彼女のブログで素敵な作品を紹介していらっしゃいました
ご本人の了解をいただきましたので、ここでも見ていただきましょう

作者のブログはこちら

色使いがとても素敵で、割りに地味な色合いな一つ一つの色合いですが
とても華やかなマフラーですね
私はかぎ針が出来ないのでなんだか不思議
またこの糸の新しい一面を見せていただきました

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この1週間

1週間があっという間に過ぎていきました
毎日、これを紹介したいなぁと思いながら、書けずに時間だけ過ぎてしまいました
それほど沢山の体験があったということですね
幾つか手短にご紹介しましょう

24日(土)は、手織り講師をするようになって12年目の障害者福祉センターの文化祭
手織り講座は、毎年織機2台に綿糸も縦糸をかけて、手織り体験を提供します









少しずつ完成度が上がり、家族から注文が来る様になった方、
図書館で、本を見つけてそれに近い物を織るためにこつこつ努力をなさる方
黙々と丁寧に作業を続けて仕上げていく方
作品を一つ仕上げる毎に、少しずつ心を開き穏やかになって来た若い障害者の男性

中途障害の方々がほとんどですから、初めから手仕事や手織りに興味が有った方々ではありませんし
男性の方が多いのですが、糸をさわり、線が面になって行く工程を繰り返し
出来上がった物が人を喜ばせる体験をして、生き方も前向きになってくるという
喜ばしい変化を経験させていただき、手仕事の意味を教えていただきました

25日(日)は友人が出店している『デザインフェスタ』に出かけました
家で縫い物をする予定でしたが、娘の誘いがあり来年休みとは限らない・・・と予定変更
広いビックサイトに所狭しと様々な手仕事、アートが並び
ルートを決めて歩き、気になるところで止まって見るという事しか出来ないくらい
出店数の多さと人の多さ

若い人が多い中で気になったのは、まだ人に見せるということが意識できていない作品たち
未熟であっても、人に見てもらうという意味を考えてみて欲しい
そんな中で友人Hさんが仲間の1人と出店したのはフェルトの作品
ブースに紡ぎ車を持ち込んで糸を紡いでいるのが回りの人たちの興味をひきつけていました
楽しんでしている人たちに人が集まりますね

26日(月)には、講習が無い間にと思って
11mのブランケット用の縦糸を作りました
残っている色々な色をつかった縦糸・・・ 昨年に続き2回目です

土曜日に予定していた方の前に、娘が1枚織りました
(若干の余裕がありますので、これを織りたい方ご連絡ください)

そして今週の講習スタート
織機を持っていて1人で色々やってみたけど、ちゃんと習ってみたいという手織り体験の方
仕事の合間に1日とって、織に来た方、2年ぶりくらいにマフラーが織りたいと来た方
糸を購入がてら工房を訪ねて見えた方2人・・・
1人は地方から上京されたのを機に、半日の机上講習
沢山の色を組み合わせるチェックサンプルのプランを作って勉強しました

先日のチェック展の為にコートを仕立ててくれた友人の自宅アトリエでの作品展に行きました
何時もいつもあふれるアイディアで驚かせてくれる彼女たち

羊好きにうれしいポケットですね  いつも触っていた~い

最後は織友達の1人が訪ねてくれて沢山おしゃべり

お土産に頂いた12種類のマフィンセット、すでに一つ選ばれてお皿の上に・・・
紅茶と良くあって美味しかったです  ありがとう~ 

いつも後をしをしてくれる織友達からは、限りなく展開し続ける彼女の織に対する興味につながる状況を知らせてくれたメールもあり、沢山エネルギーをもらいました
少し多すぎて言葉にするのに時間を要して書けなかったのかもしれませんね

自分と向き合う機会が沢山あって、感謝です

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名脇役

今週、初めて手織りをするという方の体験講習がありました
その色選びをしていて、一つ気がついたことがあります

英国を中心に発達した毛織物、ツイードは
原毛を染めて複数色を混ぜて作った紡毛糸で織られたもの
その流れか、現在タリフで販売している工業用の糸は
ほぼ全色が、複数の色を混ぜて作られています

その良さは、他の色との相性がとても良いこと
たとえば、少し濃いピンクが混ざっている紺は、赤系の色と相性がバツグン
なのでチェックを織ると、一つの糸が、色々な顔を見せてくれます

沢山の色がある中で、合わせる色によって見え方に違いがある事は気がついていました
これは、9月にマフラーキット発売を始めてから人気が有るチェックです

このチェックでとてもきれいな色を出している濃いモスグリーン
今年になってずっと人気があって、工房での講習に何度も登場しました

今週体験講習をしたTさんが選んだのはこの緑ともう少し明るい同系色の緑
でも、これで織ってみたらなんだかきれいな色に見えません
横糸に他の色をいれてみたら、沈んでいた色がきれいに見えてきました
この色は、名脇役ですねぇ

そういう目で、他に色を見回したら、同じような脇役が沢山いました
その反面、主役にしかなれない色も・・・・

色の不思議を体験した出来事でした
だからチェックを織るのは止められない・・・限りない組み合わせです

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まとめ

数日お休みしてしまいました
工房で手織り講習が始まり、糸の注文が入ったり
忙しい日常が戻ってきました

今日は、私がしているウールの服地を織ることに関することのまとめにしたいと思います

続けて読んでいただいた方はお気づきかもしれませんが
私が興味を持っている織りは、英国の1800年代です
産業革命で紡績が出来るようになり、それまで手紡ぎ糸を買って手織りをした人が
紡績糸を買って服地を生産したり、
また織物工場の大きな機械で布を生産もしていた、そんな時代でしょうか・・・

1982年に初めてスコットランドに服地の織りを習いに行った時
教えてくれたデイビットは、ハタスリーという機械のような織機で服地を織っていました
それをクラフトフェアーに出店して売ったり、また夏に観光で訪ねて来る人たちに
自宅でデモンストレーションをして見せて売って生計を立てていました
まだほんの少し残った昔の名残なんでしょうね
2001年に彼もやめてしまい、小さな織物工場も次々閉鎖されて行きました

横道にそれました
紡績糸を使って手織りにする服地 これを1800年代のものとすると
日本でスコットランドから伝えられたと言われているホームスパンは
それよりかなり古い年代のものと言えるでしょう

最近一つ疑問が出てきました
英国の毛織物(ツイード)は必ずあや織りなのに、
最近目にするホームスパンの服地は平織りの物がほとんど、
平織を好む日本になじんでしまったのでしょうか???
今度ホームスパンの大先生に伺ってみましょう

そして、私がデイビットから紡績糸で織る事を習って以来、この服地のメリットは
自分の色のオリジナルデザインで織ること、手織りを楽しむことだけと思っていました
織工場の機械で織るのと同じ糸を使って、手織りにして工場に出して仕上げをしてもらう
ホームスパンに親しんでいる方々からすると何が手織り???と思われるだろうと勝手に思っていました

しかし、今回ツイードが好きで布を見に来てくださった方から
スロープロセスの良さがあるとを教えていただきました
なるほど、服地を織っていて解いた時にその糸が随分伸びてくることに気が付きました
横糸がゆったり入っているという事でしょう

そうすると、ひと昔前の動力の織機は、杼が比較的ゆっくり動いているのに比べ、
私は手で杼を入れているのでもっとゆっくり、
新しい機械は杼も使わず目にも止めぬ速さで織っていくのとは比べ物にならないのは、明らかでしょう。 

そんなことを知ってますます服地が織りたくなった
今、チェック展前に織るのをあきらめた物を織って、楽しんでいます

長々読んでいただきありがとうございます
私が服地を織っている糸も、販売していますので興味が有る方は問い合わせください

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1800年代

漠然と、好きで織っていたチェックが、その背景がわかってきて
全体が見えるようになった気がします

スコットランドは、歴史の中で度々イングランドに攻められ、多くの戦いをしていましたが
1745年から1746年の戦いで、完全に破れ、イングランドに統治されることになりました
その時に、統治を完璧なものにするために、イングランド政府はスコットランド特有の文化、タータン、バクパイプ、スコットランドの言葉などを全面的に禁止しました

この時に多くのスコットランド人がスコットランドを離れ、カナダやアメリカに移住したそうです
先日チェック展の最後に来た青年たちの言葉を借りれば、追い出されたという感じでした

その後、1837年に即位したビクトリア女王がスコットランドが大好きで
バラモーラル(アバディーンの南西)に保養のための城まで建て、スコットランドの文化復活に至った・・・
その頃から、氏族のタータンという考えが画一されてきて、発達していきました

前にも書きましたが、その頃氏族ではない領主が自分のチェックを決めるようになり、これもエステートチェックとして、タータンと一緒に発展してきました。

ちなみにタータンには、決まりがあり、正式にはその条件を満たしたデザインがタータン協会に認められて初めてタータンと呼ばれます。現在では氏族に限らず、何か大きなイベントの記念にデザインして登録したタータンや、日本の私立高校の制服にタータンをデザインして登録したようなものもあるそうです。6月の旅行の折りにタータンの織物工場の人に聞いた話では、新しいデザインを登録するのは、とっても難しいそうです。 沢山あるデザインの中に同じものが無いかを調べるだけでも、かなり大変だとか。

日本では、グレンチェックのようなものもひとまとめにして、タータンチェックと呼んでしまう時もありますね
それは、ちょっと残念

これらのチェックが発展したのは、産業革命後、1800年代、19世紀で、それは音楽や文学、絵画などの他の文化も大きく発展した時期と重なります。 量産が可能になってきて、生活がレベルが上がってきた時代なんでしょうね。

すごく大雑把な見方ですが、大体の感じは掴んで頂けるかと・・・・

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ガンクラブチェック

私の母くらいの年代の方々(80才代)なら、グレンチェックとともに
ガンクラブチェックという名前を聞いたことがあるでしょう

このチェックは、Coigachという領地のチェックです
本によると、このチェックがアメリカ合衆国の銃のクラブのユニフォームに使われ、この名前の発音が難しかったので、ガンクラブと呼ばれるようになったそうです



チェック展の会期中に若者のほかにもう1人スコットランド出身の方が来てくださり
皆さんにどういう発音なのか聞いてみましたが、いずれもはっきりしたことはわかりませんでした

このチェックがオリジナルガンクラブチェックですが、後に同じような構成のチェックをまとめて、ガンクラブと呼ぶようですね
オリジナルは8本ずつのチェックですが、6本ずつ、4本ずつ・・・
またもっと大きなサイズもあるでしょう

このチェックの元になっているのも、前回書いた羊飼いのチェックです

スコットランドチェックも入り込むと、もっと奥が深いです

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羊飼いのチェック

羊飼いのチェックと呼ばれているものがあるのをご存知ですか?

正確には、これはスコットランドの領地に属したチェックではありませんが
沢山のデザインの元になったチェック


本によると
スコットランド南部、イングランドと接する地域はスコットランドボーダーと呼ばれています。境目といういみですが、その地域にチェビオット(羊の種類)が沢山いたと聞いたことがあります。そこの羊飼いさんが見につけていたのが、この白黒のチェックの大き目の肩掛け(プレイド)です。

スコットランドの北西部、ハイランドに産業を興す目的でボーダーから羊を連れてきたときに、羊飼いも羊についてきたことから、この地域に羊飼いのチェックが伝えられました
そして、前に書いたグレンチェック、グレンアーカートは、このある程度大きな白と黒のブロックと、細かい模様を組み合わせてデザインされました
このグレンアーカートがデザインされたのが、1840年代というので、あまり古くありませんね

6月の旅行で初めてスコットランドボーダーに行きましたが、その折ガラシールズの街で始めてこのパターンが使われているのを見ました。ガラシールズは糸の単位に使われる程、かつて毛織物産業が盛んだった地域です


この羊飼いのチェックは他のデザインの元にもなっています

つづく・・・

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今日はお休みを

スコットランドチェックのことを連続で書こうと思っていたのですが
今日は旅行に出る母を東京駅まで送り
その後、よせば良いのに欲を出して、浅草橋へ
色々見て楽しかったのですが、さすが疲れていたみたい
頭痛が治らず、今日はお休みします

さあて~ 片付けをしなければ・・・・

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スコットランドチェックの話

私がずっと手織りで楽しみ、掘り下げてきた Scottish Estate Tweed
今回のチェック展で実物デザインと説明文を用意して紹介しました
作品展の間にこれらのパネルの前で
何度もお話したスコットランドチェックの話があります

それは
タータンは、氏族に属するチェック
氏族ではない領主が誕生して、自分のチェックが欲しい
でも氏族ではないので、タータンは使えない
それで自分の領地のチェックとして作られた1つが
世界中で有名な、グレンチェックです(画像一番左)

それぞれ名前が付いています

通称グレンチェックの発祥がスコットランドだということはご存知でしょうか?
グレン(Glen)とはスコットランドの言葉で、渓谷という意味
正確にはグレンアーカート(Glenurquhart)
アーカート渓谷に領地を持つ領主婦人が自分の領地のチェックとしました
デザインしたのは、その地に住む婦人

このデザインにもお話が付いているのですが、それは明日

今年の旅行で手に入れた子供のためのスコットランドの歴史の本を読んで
もう少し全体が見えてきて、短い説明で全体をつかんでいただく説明が出来るようになりました

日本では、タータンも含め、スコットランドチェック全般をタータンチェックという和製英語で一括りにすることが多いのですが、タータンは人に、エステートツイードは土地に属すという大きな違いが有ります
意味がわかると、もっともっと面白くなります

昨日紹介したサッカーのスコットランドチームの応援にきた若者たちです

彼らのご先祖はスコットランド出身、グラスゴー近くから来たそうです
1746年にイングランドとの戦いに敗れ、タータン、バクパイプ、スコットランドの言葉などが禁止された歴史に触れると、すぐさま『多くのスコットランド人が自国を離れ、アメリカやカナダに逃げた、追い出された』と言うことを話してくれました
だから、ハイランドのお祭りにカナダからバクパイプのチームが来ていたのですね
1999年に300年ぶりにスコットランド政府が認められ
最近はスコットランド人が自国の誇りをより大切に思うようになったそうです
キルトをはいている人を良く見るし、バクパイプを練習している若者にも出会いました

もっとスコットランドチェックに興味を持ってくれる人が増えるとうれしいですね

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